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青と白の日々

日々のこと

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2026年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

小さな挑戦
小さな挑戦

日々、小さな挑戦をしながら生きていきたい。

小さくていい。例えば、簡単に作れる作り置きを作ってみるとか、お灸に挑戦してみるとか。アロマオイルを使ってみるとか。
継続することを前提にした挑戦ではなくて、ちょっとした変化を生活の中に取り入れてみる。

一歩だけ踏み出せばできるような小さなものでいい。

その挑戦の積み重ねが変化を柔らかく受け入れる心につながる気がするから。

2024/2/13「小さな挑戦」しずかなインターネットより

エッセイ

不器用の効用
不器用の効用

不器用の効用なんて書くと、そんなことあるのだろうかと思ってしまうだろう。

昔から不器用で、多くの人がひょいひょいと当然のようにできることがなかなかできない。
昔であれば、スキップとか靴ひもを結ぶとか、粉薬ではなくて錠剤を飲むとか、そういう小さなこと。
一つ一つのステップを上がるたびに躓く。

あまりにも些細ことでよく躓くから、そのうち慣れてしまった。
要するに何事も、必ずしも最初から上手くいくものではない。
たとえ周りが難なくこなせていても、周りと比較することはやめた。
自分は人よりもゆっくりと上達するのだ。
それが分かっていると、できなくても変に焦らない。
何せ最初はできないものだから。

これは不器用の効用ではないだろうか。
できないことも多いけれど、意外とそのうちできるようになる。
スキップも靴紐も錠剤も。跳び箱も逆上がりも自転車も。
最初はどうしようというくらいできなかったのに、ひたすら練習を続けていると最後にはできるようになる。

そのうちできるよ、それくらいのおおらかさは身についたかもしれない。

2024/2/9「不器用の効用」しずかなインターネットより

エッセイ

自由に話せる関係性
自由に話せる関係性

お互いの考えていることについて、考えをぶつけながら、聞きながら、楽しく話せる時間や人が好きだ。

テーマはどちらも関心があることなら何でもよい。
意見が違っていたり、似ているけど根本が違っていたり、そんなこともある。

意外と意見が完全に一致するときよりも、違うときや、視点が異なるときの方が、話が面白くなる。
自分の考えを押し付けたいというわけではなくて、それぞれの考えていることを出し合って、そこから気づいたことをまた話して、いやでもそれは、という風に話が続く時間。結構好きだ。
時には少し意地悪な投げかけをしてみたり、されたり、それについて考えて、また話す。
このちょっとしたスリルを感じながら話すのが面白い。

シーソーゲームのようなところもある。
意見をぶつけ合って、時に共感して、時に別の視点を投げかけて、両者に話を続けようという意思がないと続かない時間。会話を通した新たな発見や視点の獲得を楽しむ時間。

この自由に話せる関係性を大事にしていきたい。

2024/1/27「自由に話せる関係性」しずかなインターネットより

エッセイ

好きな色
好きな色

青色が好きだ。

「好きな色は?」と聞かれたら、迷わず「青色」と答える。

身の回りの小物は青色がベースのものが多い。
鮮やかなブルーもいいけれど、少し暗い青色も好きだ。
青は海と空の色だし、落ち着く色のなのがいい。

でも、昔は青色が一番ではなかった。

物心ついた後、初めは黄色が好きだった。
当時使っていた絵具の色に「レモン色」と「山吹色」があった。
レモン色は透き通っていてきれいだし、「山吹色」は少し渋くてそれも良かった。優しい色が好きだったのだと思う。
「山吹色」はだいぶ後になるまで「やまぶ・黄色」だと思っていた。「やまぶ」って何だろう?とずっと疑問だった。

その時代もよく考えれば「青色」も好きな色ではあった。例えば、「セルリアン・ブルー」。よく使っていたと思う。
その後、一時期は緑や黄緑色が好きだった。黄色から少し青色に近づいた。いや、黄色と青を混ぜた色だ。
黄緑色の傘を持っていて、雨が降っていないときはずっと引きずって歩いていたから、傘の先端のプラスチックが斜めに削れたのを覚えている。
緑が一番だったのはごく短い期間で、その後すぐに青色に移った。

それ以降、ずっと青色が一番だ。
青色があると落ち着く。青色というだけで興味が湧く。色んな青を見たい。

そういえば昔、ある授業で一人一作品作って、タイトルももちろんつけて、互いの作品を鑑賞することがあった。
当日突然言われて、制限時間内に作るというものだったから、各々が自分の持っているものを使って作品を作り上げた。

私はというと、その時持っていたものがほとんど青色というのに驚き、そのままそれを作品にした。
自覚はあったけど、本当に青色が好きなんだなと実感した体験だ。

私の好きな色の変遷はこんな感じだ。
人の好きな色の移り変わりも聞いてみたいな。いろんなエピソードがありそうだ。

2024/1/25「好きな色」しずかなインターネットより

エッセイ

誠実であること
誠実であること

人とやりとりをするとき、誠実であることを意識している。

話すことは得意とは言えないけれど、
仕事上、人と話す機会がそれなりにある。
普段の生活でも、例えば友人と話すときや、
道を聞かれるとかそういう小さなことでも、
誠実であることが私にとって一番大切なことだ。

話をよく聞くこと。遮らないこと。
相手と向き合うこと。
自分の発言に責任を持つこと。

・・・

最も大切にしているのは、「相手と向き合うこと」だろう。
ざっくりとしていて、少し分かりにくいかもしれない。

相手の立場とこちらの立場、場所、内容など、場面は様々だ。
それでもこの一言に集約される。

私にとって誠実であることとは、相手と向き合うことだ。

人と人との関係だから、合わなかったり、失敗したりということもある。
でも、向き合うことから逃げるのは最後の手段かなとも思っている。
もちろん逃げるべき時は逃げる。
人に対して誠実であることは、そうあることで自分に対して誠実であることにも通じる気がする。

だから、失敗したり、傷つくこともあるけれど、苦手なりに足掻いている。

2024/1/20「誠実であること」しずかなインターネットより

エッセイ

天文台へのあこがれ
天文台へのあこがれ

天文台で星を見てみたい。

「天文台」という言葉の響きが好きだ。
その言葉に惹かれているといってもよいかもしれない。

「天文台」という1つの言葉から、たくさんの物語が生まれる。
小路幸也さんの『そこへ届くのは僕たちの声』という本がある。
その小説には、天文台が出てくる。
私の天文台へのあこがれは、たぶんこの本から来ている。

「アポロって知ってるかい?」
「知ってる。初めて月へ行ったんでしょ?」
・・・
「テレビの中継を観ていたんだ。人間が初めて月に降り立つ瞬間をね。もうクラス中その話題で持ち切りだった」

登場人物の一人であるかほりとその叔父の会話だ。
「アポロって知ってるかい?」この言葉はいつも胸にグッとくる。

宇宙どころか、自分たち人間の体にだってわからないことは多すぎる。
不安なものは多すぎる。それでも人間は宇宙へ出ていく。

「父さんは人間という動物のいいところは、わからないことを知りたいと思うところだって言ってた。それが人間の文明とか文化根源だって」

わからないことを知りたいと思う気持ち。それが私たちを、少なくとも私を動かしている。
「知りたい」と願うから、行動する。

この「しずかなインターネット」を始めたのだって、「知りたい」からだ。
これがどんなものなのか、これに書くことで私はどう感じるのか、何を考えるのか。

知りたいから、行動している。

天文台にあこがれる気持ちは、分からないものを知りたいという気持ちの表れなのだと思う。

遠い遠い先にある星をみること、そこに何があるかは分からないけれど、それを少しでも知りたいから、感じたいから、空を見上げるのだろう。

(出典)
小路幸也『そこへ届くのは僕たちの声』(新潮社、2011年)
ISBN:9784101277424

2023/12/27「天文台へのあこがれ」しずかなインターネットより

エッセイ

器選び
器選び

器を見るのが好きだ。
○○焼とか作家さんの名前のプレートが置いてあるところとか。

そういった場所を見つけると、器を1つ1つ見ていく。
自分の感覚で好ましいものがあれば、その中からどれが一番好きかを考える。

考える、というよりも感覚だ。
たくさんある器の中から、1つだけ。
最も好きなものを決める。

器は好きだけど、もちろん毎回買えるわけではない。
家のスペースにも限りがあるし、気に入ったものは使いたいから。
たくさん買うわけにはいかない。

もちろんどれもピンとこないときもある。
そういう時も、「この中で一番だとどれだろう」というのを考える。
他の器よりも際立って目を引くものがあるときもあるし、今回は少し違うかなという時もある。
それでも、今日はこれが一番というのを決める。

そうすると、何だろう。
自分の好きなものが少しはっきりしてくる感覚。
そして、自分のその感覚が磨かれる気がする。

もうずいぶんと前になるけれど、道の駅で花器を見つけた。
普段は道の駅で花器を見ることなんてなかったけど、どうしてだろう。
その時は何となく目をやって、一目でこれだと思った。
いくつか花器があったと思うけれど、そのうちの一つだけが輝いて見えた。
その感覚が忘れられない。

あの感覚にもう一度出会うために、私は器を見ているのかもしれない。

2023/12/26「器選び」しずかなインターネットより

エッセイ

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